「金曜エンタテイメント10周年記念 八つ墓村」

稲垣吾郎扮する金田一耕助シリーズ第二段。先日放送されたものを、ようやく昨日見ることができましたので簡単に感想なぞ。

最近では、映画では1996年の豊川悦司・1977年の渥美清、TVドラマでは1995年の片岡鶴太郎・1991年の古谷一行などこれまで数多く映像化されてきました。
今回この「八つ墓村」に稲垣吾郎が挑戦します。全部見てますので、今さら犯人は誰とか結末はどうとかいう見方ではなく、「八つ墓村」という作品をどのようにアレンジしているかという見方をしています。
未見の方もいるかと思いますので、特にネタばれはしないようにしてあります。

まず全体の感想ですが、ストーリーとしてはこれまでの映像化の中では一番原作に近かったと思いました。
一つの殺人から崩れていく犯人の計画についてもきちんと触れられていましたし、八つ墓村の由来となった尼子の落ち武者殺しや24年前の要蔵による惨殺事件も冒頭の金田一と横溝先生の会話という形でまとめれていました。
前作「犬神家の一族」ではこの冒頭の横溝先生とのシーンは無駄かなぁと思いましたが、今回は話を短くまとめるために効果的だったと思いました。

ストーリーは良かったのですが、作品の雰囲気は恐怖を演出しようとして強調しすぎたが故に滑稽に見えました。また、小梅・小竹が辰弥にお茶を点てるシーンの早回しや、鍾乳洞で辰弥と辰弥を追う村人の鳥瞰など全体の雰囲気に合わない演出も目立ちました。
あと重箱の隅をつつくようなことですが、後半鍾乳洞の中を逃げる辰弥が懐中電灯を周囲に振り回すようにしながら逃げますが、普通は光の差さない鍾乳洞を走って逃げるのですから足元を照らすべきなのではないかと思いました。テレビ的な描写だなぁと。

怖さと言えば、1977年の渥美清版の山崎努演じるところの要蔵が思い出されますが、今回の要蔵は影が薄かったように思えます。意図的にかぶらないようにしたのかもしれません。
原作では辰弥がこの要蔵の狂気を自分が受け継いでいるかもしれないという苦悩が描かれていたりもしますが、それもあまり無かったか。

金田一フリークかららすると、「八つ墓村」が映像化されるというとまず話題に上がるのが「今回は里村典子は出るのか」という点です。
原作では、主人公辰弥を巡り春代・典子・美也子の3人が微妙な綱引きを演じますが、この長編を1時間半から2時間の尺に収めようとする過程で真っ先に削られるのが、この典子です。
今回もやはりというか削られて、里村家は慎太郎一人っ子でした。おかげでこの手のドラマに珍しくラブシーンのほとんど無いドラマになっています(春代のあれは唐突過ぎる気が)。
典子の兄慎太郎も影が薄かったというかほとんど出番が無かったように思います。一応、動機にかかわってくる人物なのでもう少し描写があってもよかったのではと思いました。

最後に稲垣金田一ですが、だんだんこんなのもありかなぁと思えてきました。犬神家よりは違和感が無くなってきました。ただ、「八つ墓村」というストーリー上、どうしても金田一がめだたない(原作では辰弥視点で話が進み、金田一が出てくるのも中盤以降)ため、少し藤原竜也に食われ気味かという印象を受けました。

いくつか不満点を上げましたが数多い「八つ墓村」の中でも良作だと思います。なんだかんだで楽しめました。